伊右衛門生茶
夏休みに入って、キリンとサントリーの経営統合に関するいくつかの記事を読む機会がありました。ビジネス面でのメリットや同業他社へのインパクトに加えて、サントリーのオーナーファミリーの資産管理会社であり、筆頭株主でもある寿不動産の存在も取り上げられています。ただし、経営統合後に株式を売却すれば莫大な売却益が入るという話にとどまっています。前の記事には売却益の話を入れていませんでしたので、補足も含めて再論。
今回の経営統合の、最も単純なスキームは、サントリーホールディングスとキリンホールディングスの合併です。各種の記事ではこれが税制適格合併になるかを検討しています。上場企業同士であれば、「共同事業要件」さえ充足すればよく、同業同士の合併の場合はまず問題になりません。今回、サントリーが非上場会社ですので、もう1つの要件である「株式の継続保有要件」にも目を配る必要がありますが、サントリーそのものは50名超の株主がいますので、この要件の適用はありません。合併の結果、現サントリーの大株主である寿不動産は、合併会社の株式(上場株式)を取得しますが、税法上の継続保有要件が求められないので、売却可能ということです。
しかしながら、寿不動産のサントリー株式の取得価額と合併後の上場株式の株価には大きな差があります。「鳥井家に売却益が転がり込む」といわれる所以です。しかし、売却するのは寿不動産という法人です。法人の場合、売却益は全て益金ですから、実効税率40%の法人税の計算上の課税所得になります。総合課税ですから、損益をトータルして税金がかかるとはいえ、何十億円単位になると、カバーできる損金を計上することは困難です。そして、鳥井ファミリー個人にお金を戻すには、配当金という形になります。そうすると、配当控除を勘案しても最高税率44%弱という総合課税です。話を簡単にすると、10億円売ってほぼ同額の売却益があったとしても、法人税4億差し引き後の6億円しか配当できず、6億円の配当所得があっても、手取りは3億円強、つまり売却益の約3分の1、という話になります。他に方法はないの?となりますね、普通。
まずは、寿不動産の法人税を考えてみましょう。合併会社に自己株式の公開買付をして頂きます。それに法人株主である寿不動産が応じますと、法人税法24条により、売却代金は譲渡部分とみなし配当部分に按分されます。そして、みなし配当は受取配当金の益金不算入という法人税法23条の規定が使えます。寿不動産は低めにみつもっても合併会社の発行済株式の25%以上を6月以上保有していますから、全額(正確には利子相当分を除く全額)益金不算入です。これで、法人税の実効税率はぐっと低くなります。
次に、株主への資金移動ですが、相続非上場株式の金庫株譲渡特例(租税特別措置法9条の7)を使えば、みなし配当部分はなくなって、譲渡所得のみ、つまり申告分離課税(税率20%)でOKです。しかも、相続税の取得費加算(租税特別措置法39条)が使えますので、譲渡所得はぐっと少なくなります。でも、これはあくまで「相続」した非上場株式に関する特例なので、それまで待たないといけません。取得費加算も相続税を払っての話ですから、余りプラスとはいえないともいえます。
じゃあ、とりあえず、寿不動産にお金貯めて運用しましょうよという話が、証券会社からは出てくるでしょうね。それはそれで良いかもしれません。仮にできれば、運用資産額で世界でも有数のファミリーオフィスということになるかもしれません。ただし、鳥井家のメンバーが協力してその様なことをする意義はあると考えればの話です。サントリーという同族会社の存続の為に設立されたと思われる寿不動産のスキームです。それが、キリンと経営統合し、同族色が薄れた場合に、一族内でどのような思惑が働くのでしょうか?私は経験的にちょっと懐疑的です。
それで前回書いたように、寿不動産とサントリーがまず合併するという案が有力かなと思ったのです。そうすると、寿不動産の株主にはサントリー株、ひいては上場株式である合併会社の株式が行きます。こちらの方があとくされがなくて良いのではないでしょうか?ただし、寿不動産には株主が50名以上いませんので、寿不動産の株主には継続保有要件が適用されますので、死ぬまで売れないと考えた方が良いのではないかなとは思っています。それでも上場株式ですから、担保にお金を借りることはできたりしますから、非上場株式を持っているよりは自分の裁量で色々できて良いのではないかなと思います。いかがなもんでしょうか。
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